2021年度研究例会趣旨

現代の文明的閉塞状況打開のために 汪 義翔

 
 
2021年度の研究例会趣旨が4月の理事会にて公表されましたので、会員の皆さまにお知らせいたします。今年度もぜひ研究例会にご参加ください。

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現代の文明的閉塞状況打開のために
—過去現在の多様な文明との比較に学ぶ—                       汪 義翔

 現在我々が直面する地球環境の急激な変化の原因に、産業革命以降の人類の過剰な経済活動があり、それを支える高度な科学技術に支えられた近代西洋文明の存在があることは否定できない。今やこの近代西洋文明の行く末に、疑問や不安を抱かない者はいないであろう。しかし、ではどのような代替策が講じられ得るであろうか。残念ながら、我々はこの深刻な問題への具体的な方策を考えあぐねているというのが現状であろう。
 そもそも、現代の我々の生存は、西洋近代文明が招来した石油や食料の大量消費、つまり地球資源の過剰消費に大きく依存しており、それを善とする価値観に立脚し、そこから離脱出来ないゆえにこそ有効な対策を打ち出せないのである。しかし、その間にも地球環境の悪化は進行し、その結果我々人類を含むあらゆる現存生物の生存環境は悪化し続け、日々多数の生物種が絶滅し、最終的にはすべての生物が絶滅しかねない状況に陥っている。思うにその原因は、今や当たり前の近代西洋的文明生活を支える科学技術万能主義の考え方に我々自身が強く囚われていることにあるのではないだろうか。
 もちろん科学技術の淵源は、生物界での生存競争で勝ち抜く身体能力に劣る我々人類=ホモ・サピエンス(知的人間、というよりは賢い猿人)に不可欠だった道具を作り使うことにある。だが、それは単に生存のための手段であることを離れ、肥大化する欲望を満す手段として高度化・先鋭化され、人類のより快適な生存願望を実現してきた。このことは生物種にとっては必然であるとも言えよう。その一方で科学技術があらゆる生物種の生存を危うくしているのも事実である。科学技術は人類の生存にジレンマを突きつける。
 しかるに、文明を持続可能にするのは人類の生存に不可欠な科学技術を放棄することではない。むしろ、科学技術を使ってきた従来の思想文化・価値観を一新し、科学技術の向かう先を変更して今までとは違う生存条件を備えた未来文明構築のために改めて利用することが肝要である。それは如何にしたら可能となるか。
 一つには、現代文明を基礎付け、暴走状況をも生み出した近代西洋文明の「人間中心主義」「強者の原理」とは一線を画する文明のあり方・価値観を改めて謙虚に学ぶことではないか。その上で、さらに近代西洋文明と他の諸文明の歴史をたどり、それらを比較して科学技術の生み出した暴走の原点を見据え、画一的判断基準の浸透と個人間および集団間での分断の進行を食い止め、科学技術の使用に対する多様な評価を生かし、多様な価値観の共存と相互交流を可能にする新たな文明状況を作り出すことなのではないか。このことは近代西洋文明の科学技術万能主義という文明基本ソフトを修正することであり、個人主義、競争市場原理主義などの理念の見直しでもある。いわば新しい文明の駆動ソフト、つまり哲学や倫理思 想の開発を行うことでもある。
 そのためには、現在および過去の非近代文明の可能性を探ることが、一つの道である。人類は歴史的に同時並行的に多様な文明を生み出してきたのであり、今優勢な西洋近代文明が行き詰まっても文明の道は多様に拓かれているからである。共時的かつ通時的に多様な文明のあり方を比較検討することこそ我々の課題解決への鍵を与えてくれるだろう。また、これこそが比較文明学に託された使命ではないだろうか。
 本年から来年にかけては、「現代の文明的閉塞状況打開のために——過去現在の多様な文明との比較に学ぶ——」というテーマで研究例会を設ける。研究会を通じ、近代西洋文明とは根本的に発想の異なる高度文明の過去を辿り、西洋近代文明の不足を補い、現在の諸問題の解決に資するヒントを見出したい。その一方で現代の我々が直面する文明的閉塞状況を打ち破る可能性として、近代文明の胚胎期からその成長に至る問題点を明らかにし、その修正への検討を含めての議論を深めていくことも重要であると考える。

(第13期 研究・企画委員長 東京理科大学)