現代に生かされる東洋天文学(西日本新聞19981024付 朝刊)

西日本新聞19981024付 朝刊

現代に生かされる東洋天文学 

平井正則 

地球軸の移動示すキトラ壁画

古代史料が先端研究に貢献

 今年三月、マスコミをにぎわした奈良県明日香村のキトラ古墳壁画の発見は、千三百年前の古い文化が最新の超小型カメラ技術によって初めてわれわれの前に明らかになるという、興味ある出来事のひとつであった。

 特に、星宿(星座)図は、古代の人々の抱いた宇宙観がタイムカプセルから飛び出したかのような興奮をもたらした。石かく内部の壁は一部風化していたが、古代の画師の描いた魂は決して損傷することなく出現したのである。

 ■学術用語を統一

 アジア、特に東アジアの天文学は古くはギリシャの天文学から影響を受け続け、一方で東洋の天文学は古い慣習に縛られ、何ら現代的な天文学に寄与しないとみられてきた。価値ある天文学は西洋のもとでのみ成立したと考えられ、欧米諸国からほとんど無視されてきたという経緯がある。

 天文学史に関する欧米側の一方的な「東洋軽視」の風潮を改める意味もあって、古代から現代までの古記録や観測器を研究、アジアの研究者の視点で天文学の流れを再検証する機運が近年起こった。それが一九九三年、韓国ソウルの延世大学で行われた第一回東洋天文学史国際会議だった。

 9カ国70人の研究者が参加した会議では、13?15世紀に観測器を開発した中国の天文学者・郭守敬と韓国の世宗大王に焦点を当てて論議。そのまとめは四百ページほどの本(英文)にまとめられ昨秋、出版されている。

 会議の最大の成果は中国、韓国、日本でまちまちに使われていた学術用語を英語に統一、国際的な議論ができる環境が整い、共同研究が本格化した点である。続く95年、中国江西省で開催された第2回会議も内容はさらに充実、西洋に劣らない東洋天文学の歴史が明らかにされ、そして今回、27日から福岡市で開かれる第3回会議につながった。

 ■千年に1度ズレ

 現代天文学と東洋天文学の関連について、望遠鏡を使った現在の天体観測と古い時代の天文図を例に言及してみたい。

 現代の天文学では、恒星は、簡単にいうなら銀河宇宙という重力の箱の中で原子の熱運動のように勝手な運動をしているとされる。そこで、天球上で移動する星の固有運動を、日本がハワイに建設中で来年初にも動き始める世界最大級のスバル望遠鏡で観測するとしよう。

 この長大な望遠鏡だと、1年間に3秒(この場合の秒は角度の単位。1秒は3600分の1度)の固有運動をもつ星がぎりぎり観測できる。ところが、この星が固有運動を1200間続けると、1度のズレが起こる計算となる。短時間にわずかしか移動しなくても、1000年という時間の流れが星の固有運動(ズレ)を明らかにしてくれるのである。

 つまり、千年前の天文図の研究は、現代の最大級の望遠鏡の能力に匹敵するということだ。

 ■移動する北極星

 キトラ古墳で発見された天文図に関していうなら、天井には星やそれらを結んだ星宿ばかりでなく、天の赤道や黄道とされる、交差する円も描かれていた。

 「歳差」運動としてよく知られているように、地球の自転軸は26000年周期でくるくる回っている。そのため、例えば15000年前は、夏の星座の一等星ベガが現在の北極星(小熊座のアルファ星)の役目をしていたと思われる。北極星も、実際にはごくわずかずつ移動しているのだ。

 自転軸の方向が動くと当然、地球の赤道の延長である天の赤道の傾きが変わり、太陽の通る道筋である黄道との交点、つまり、春分点が星座上を移動する。

 それゆえ、キトラ古墳を描いた絵師の原画がいつの時代の天体観測によって作られたかは、この描かれた春分点がどの星座にあったかによって判明することになる。実際、春分点は千年に一四度も移動しており、これは大人が夜空に向けて腕を伸ばすとこぶし一個半分の幅だ。

 ■明月記から判明

 有名な牡牛座のカニ星雲(M1)は、約千年前に超新星爆発を起こした星の残がいと推定されたが、藤原定家の日記「明月記」に1054(天喜二)年、昼間でも見えるほどの星が出現したという記録があり、これが超新星爆発であることもこれまでに分かった。

 古い記録にある星の出現やその明るさ、どのくらいの期間輝いたか、などによって超新星の爆発規模や継続時間が推定され、現代の恒星進化論の裏付けにもなっている。古代の天文図や文献は、最先端の天文学にも多くの情報を提供

する意味で、その寄与は実に大きいといえる。

 今回の福岡での国際会議は福岡教育大学の主催で開催され、テーマを「暦と暦法」「天文学の古記録」「星図と星表」「観測装置」「観測所と占台」「アジアと日本の天文学の交流」の六つに据えた。中国、韓国、日本を中心にイギリス、フランスなど13カ国から百人に上る研究者が出席する予定で、会議を契機に東洋天文学への国際的認識が一層深まることを期待したい。

 (福岡教育大学教授・天文学)

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