ニュースレター第62号巻頭言

成長・発展を超えた文明と地球の認識に向けて 松本 亮三

 2014 年11 月15 日(土)、「地球システム・倫理学会」(服部英二会長)の第10 回学術大会のシンポジウムに、パネリストの1人として参加した。「地球システム・倫理学会」は、本学会の初代会長であり、現名誉会長である伊東俊太郎氏が会長となって2006 年2 月に設立された、本学会のいわば兄弟学会である。伊東氏は、現在われわれは、環境問題、生態系の危機、科学技術による文明の歪み、テロや暴力の発生などの問題に直面しており、「それらの問題を地球的連関において考察し、そのシステムとしての倫理をあらためて構築してゆくほかはない」と、学会設立の趣旨を述べられている(『地球システム・倫理学会会報』第1 号」)。このような危機感と問題意識は、言うまでもなく本学会も共有するところであり、「地球システム・倫理学会」には、本学会会員の多数の方々が参加している。
 先の学術大会シンポジウムで私が気になったのは、「いのち~生成と循環~」というタイトルであった。先に引用した伊東氏の言に見られる通り、地球が直面する重篤な危機を考えれば、その解決に向けて「いのち」を見つめ直すことは極めて重要であろう。しかし、それだけで果たして十分なのかと自問せざるを得ず、あえて私は報告のタイトルを「循環は生命を超えて」とした。その根底にあったのは、人間や文明を、生物だけでなく無生物・無機物をも含む地球という大生態系の中で位置づけることが、今求められているという思いであった。「総合知としての比較文明学─その構築に向けて」(比較文明学会30 周年記念出版編集委員会編『文明の未来』、2014 年)で、また、2014 年10 月11日(土)に福岡で開催された、本学会第32 回大会の特別講演で、不十分ながら述べてきたことと同じ認識に基づくものである。しかし、その認識は、ペダンティックなものでは決してない。
 ローマクラブの『成長の限界』(1972 年)の後にも、このレポートの責任者であったデニス・メドウズらは、1992 年と2004 年に続編を出版してきたが、地球の状況は悪化する一方である。1980 年の『世界保全戦略』、1987 年の『地球の未来を守るために』以来、国連が推進してきた「持続可能な発展(開発)」にも、経済的発展・成長と地球生態系の保全の相克を解決できる糸口を見出すことはできないように思われる。セルジュ・ラトーシュが提唱する「脱成長=デクロワサンス」(『<脱成長>は世界を変えられるか?』、2013 年:原著は2010 年刊)が直ちに実行できるはずもないが、少なくとも、ラトゥーシュの提言は真剣に考慮されなければならない。そのためには、人間と文明を地球生態系の中で定位し直して、文明と地球に関わる新たな倫理を確立することが必要だと思われるのである。
 「文明(文化・社会)と自然」の二元論的思考を克服して、これらを統一的な地平で理解しようと試みる論考は、これまで数多く出版されてきた。しかし、人間と動物を繋げることはできても、植物や無生物と人間の連続性を捉えることはまだできていない。その理論的な基礎は、遥か第二次世界大戦前のユクスキュルの環世界(Umwelt)から一歩も出ていないように思われる。ユクスキュルの貢献は、人間中心の自然観を改め、人間も動物も、知覚する主体として同等に位置づけたことである。では、地球という大生態系において、人間・文明と動物のみならず、植物も無生物も同じ地平において捉え直すには何が必要なのであろうか。私は、近代の主体対客体という認識の枠組みから脱却した論理構築を図ることが必要だろうと思っている。植物や無生物に対して、ある意味での「連帯感」を持ち得なければ、自然の破壊は止むことがない。今、根本的な認識の変更が必要とされているのである。
 前述のシンポジウムにおいて、私がその手掛かりとして取り上げたのは、40 年以上も前から、ジェームズ・ラブロックが主張してきた「ガイア」理論であった。地表の上下双方にそれぞれ約160?にわたって広がる「ガイアは生物圏を含む活発な生理学的システムで、30 億年以上の間、地球を生命が存続できる環境に維持してきた」(『ガイアの復讐』2006 年)。ここでは、生きて死んでいく生物たちは、海や大気の無機物とともに、ホメオスタシスが維持された大きな世界を形作っていると考えられる。山川草木に対する連帯感の基礎を、ガイアをモデルとして構築していくことはできないだろうか。まだ私の頭の中にあるのは荒削りのデッサンでしかないが、地球の現状を踏まえた、私なりの比較文明学の構築を図っていきたいと考えている。
 なお、図らずも再度会長を引き受けることとなったが、上述の議論にとらわれず、比較文明学会を、文明をあらゆる視座から捉えて議論する自由闊達な学会として維持していきたいと考えている。会員各位のご協力をお願いする次第である。  (東海大学)