ニュースレター第52号「研究の現場から」

宗教の観光資源化 ─沖縄の事例から─  塩月亮子

  最近、沖縄では宗教の観光資源化が急速に進んでいる。その筆頭には、琉球王朝時代の聖地、セーファーウタキ(斎場御嶽)が挙げられるだろう。沖縄本島南部の南城市にあるこのウタキは、2000(平成12)年、UNESCO により世界文化遺産(「琉球王朝のグスクおよび関連遺産群」)として認定・登録された。ここは、かつては琉球王朝を庇護する神女のいる久高島を琉球国王が遥拝するための聖地であり、現在も霊威の高い聖地として崇められている。世界文化遺産登録後は入口に施設がつくられ、参拝するためには入館料が取られるようになった。南城市は、地域振興・観光事業の目玉として、セーファーウタキの活用に力を入れている。

 また、沖縄ではガマ(洞窟)の観光化も進んでいる。たとえば、本島南部における「ガンガラーの谷」では、宗教、考古学、自然環境など複合的体験学習を目的とした洞窟ツアーが開催されている。ここには「イキガ洞」や「イナグ洞」といわれる聖地があり、そこを観光客が見学してまわる。他にも、本島北部にある古くからの聖地、金武観音寺の洞窟は、近年、観光客などを対象とした泡盛の貯蔵庫として活用されている。また、沖縄市の八重島にある「大国みろく大社」では、いわゆるスピリチュアリティを探求する若者たちのために、その境内の洞窟で瞑想体験が実施されている。こうしたスピリチュアル・ムーブメントは、なにも民間だけでなく、たとえば南城市など行政によっても、聖地巡礼ツアーなどを通して推進されている。

 さらに近頃は、ガマ(洞窟)に加え、墓までもが観光資源とみなされ始めた。本島の中南部には、門中墓や亀甲墓とよばれる父系親族が入る大きな墓がある。これらは観光客の目を引くものであり、沖縄の文化表象のひとつとされてきた。しかし、そこは穢れや祟りの観念も付随する、普段は簡単には近寄れない異界、あるいは聖地でもある。現在、そのような墓の内部に入る体験を提供するという斬新な試みが、糸満市経済観光部によりなされている。糸満観光農園にあるその墓は、持主がわから

ず、厨子甕もないものだったという。そこでは、観光客は墓の内部から外界を眺める体験、すなわち「あの世」から「この世」を望む体験をすることができる。これまで、沖縄に点在するガマや墓などの史跡は、戦争という過去のできごとに想像を巡らせる平和学習や慰霊の場として用いられてきた。それが今では、自分の死という未来のできごとまで想像させる場ともなっているのである。

 筆者は1980年代の半ばから、沖縄の民間巫者であるユタの復興・再生研究を行ってきた。そのユタに関しても、旅行ガイドブックに詳しい解説が載っているのはもちろん、たとえば奄美大島で地元のユタたちが「シャーマン・ツアー」を企画して聖地で依頼者の禊を行うなど、宗教の観光資源化の動きはとどまるところを知らないかにみえる。だが、ガマ巡りやその中での瞑想、墓内部に入る体験などの事例にみられるように、それが自分のあり方を見つめ直し、さらに未来を想像できる目を養うことに少しでも寄与するならば、このような動きを否定すべき状況として一概に批判することはできないのではないだろうか。

                                                     (日本橋学館大学リベラルアーツ学部)

写真1:糸満観光農園にある墓の外観
写真2:墓内からの眺め

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