ニュースレター第66号巻頭言

学会の現代的意義について 山下範久

 近代にいたる知の歴史を考えるときに、大学と学会はその制度的両輪である。両者はともに中世に淵源を持ち、質的な変容を伴う断絶ないしは荒廃期を経た後、近代に再発案・再構築され、現代にいたっている。高い自律性を与えられた教授会を持つ学部で構成された大学とピアレビューによって支えられた学会誌を擁する学会は、近代における知のディシプリン化を強力に推進する役割を果たした。
 ひるがえって今日、知の生産および再生産の制度として、まず社会における大学の位置づけは大きく揺らいでいるように思われる。大学進学率の上昇を背景に、研究と教育の有機的統合を謳うフンボルト理念の失効を叫ぶ声ももはや陳腐となり、研究組織と教育組織のあいだには遠心傾向が強まっている。他方で専門分化の高度化は学際研究・学際教育への需要を高め、各種の学際学部やアドホックな学際教育プログラムの乱立はすでに.見慣れた光景の一部となっている。デ.イシプリンの拠点たる学部の自律性への攻勢は、大学を近代大学からなにか別のものへともはや大学とは異なる何ものかとはいわぬまでも一変えつつあるように思われる。
 少し視点を引いて考えれば、ディシプリナリな学部に基礎を置く大学の変容は、必ずしもアカデミアに特殊なことではないように思われる。フランスの社会学者のリュック・ボルタンスキーとエヴ・シャペロは、著書『資本主義の新たな精神』で、私たちの社会における生産活動のあるべきかたちが、1970年代から徐々に、そして1990年代以降顕著に、「組織」から「プロジェクト」ヘシフトしたと論じている。もはや価値が生まれる場、そして人が育つ場は、ヒエラルキーのある固定的な組織ではなく、ゆるやかなネットワークのなかで絶えず創り出され、創り直されるプロジェクトにあるというわけだ。その背後にある流動[生や柔軟性といったキーワードは、この間の大学改革にも共通の掛け声である。機関あるいは機関内部局を横断した研究プロジェクトや教育プログラムの「機動的」展開の拡大は、大学がこの構造的傾向の外部にあるわけではない−むしろ社会の趨勢を後追いしているにすぎない−ことを示している。
 では学会はどうであろうか。学会も、大学の場合と同様に、国民国家における近代知の制度化のなかで整備されたものである(学会はまず国民国家の枠のなかでつくられ、ついで国際学会の組織化へと進んだ)。学会の設立は、その名称に冠された当該の学のデ.イシプリナリな自立を宣言するものである。学会は本質的に諸専門家の交流の場であり、その意味でフォーラムとしての性格を持つが、そこに集う専門家にはディシプリンという枠がはめられており、ジャーナル、コンファランス、アワードなどのしくみでディシプリンを再生産する権威的な組織としての性格も持つ。その意味であらゆる学会は、その名称に冠された「○○学」がディシプリンであるという前提に規定されており、たとえば比較文明学会のような本来的に学際的であるはずの学会においても、しばしば比較文明学という単一のディシプリンがあるという擬制に近い身振りが取られる。このことは「組織」から「プロジェクト」への価値生産と人材育成の場のシフトという大きな趨勢のなかで、我々の学会の在り方を考えるときに、ひとつのねじれを生む原因になっているように思われる。
 ある学際的問題意識をひとつの「学」として提示することには、その問題意識を介した生産性を高める効果がある。しかし、その効果は永続的であるとは限らない。むしろ歴史的なものと考えるほうがよいであろう。だとするならば、比較文明学会のような学際学会は、最初から「プロジェクト」として生まれたというべきではなかろうか。
 より古典的でディシプリナリな学会は、今日、一方でこれまで果たしてきた組織としての機能を維持しつつ、いかに様々なプロジェクトのプラットフォームを提供するかという課題に直面している。学際学会も、学会として直面している問題の本質は同じである。比較文明学会も例外ではない。しかし、学際学会が最初から「プロジェクト」的なものとして始まったのであるならば、今日にあたって我々の努力は、ディシプリンとしての擬制にではなく、フォーラムとしての本来の姿へ還る道筋を考えることに向けられるべきであろう。私には、この課題自体がすぐれて比較文明学的であるように思われる。
                                               (立命館大学)