ニュースレター第48号「研究の現場から」
枢軸時代・比較文明・日本研究—アイゼンシュタットについてのメモ— 奥山 倫明
早稲田大学で開催された先の学会で、伊東俊太郎先生の謦咳に接し、「精神革命」論の拡充への先生の意欲を伺った。私自身は先生の議論を、梅棹忠夫氏の比較宗教論や村上泰亮氏の「文明の多系史観」などとともに宗教史の観点から跡付ける試みをかつて企てたことがある(『比較文明』15号「文明と宗教」シンポジウム、『春秋』1998年12月号~99年4月号、さらにJapanese Journal of Religious Studies, Spring 2000)。そこで言及した、米国の宗教社会学者ロバート・ベラーもまた、彼の言う「宗教の進化」をめぐる議論(『社会変革と宗教倫理』未来社、1973年、所収)の展開の企てに着手してしばらく経つはずだが、その成果がまだ公表されていないことをみると(その間に、Imagining Japan, 2003 やThe Robert Bellah Reader, 2006 は出ているのだが)、伊東先生の新たな理論展開から改めて学ばせていただくことが実に楽しみだ。
ところで国外に眼を転じると、ヤスパースが『歴史の意味と目標』で説いた枢軸時代の大転換について、英国の宗教学者のカレン・アームストロングが最近、大著The Great Transformation: The Beginnings of Our Religious Traditions (Knopf 2006) を刊行しているほか、比較社会学の観点から検討を続けてきたイスラエルの学者S. N. アイゼンシュタットもまた、自己の既刊論文を集成したComparative Civilizations and Multiple Modernities (vols. 1-2, Brill, 2003) や、日本文明論をはじめとして巨視的な比較文明学を展開しているアーナソンらとの編著Axial Civilizations and World History (Brill, 2004) を発表している。
アイゼンシュタットについては、その比較社会学的な文明論として彼のヴェーバー論が『文明形成の比較社会学』(未来社、1991年)という邦題のもと出版されているが、さらに最近では1996年刊行のJapanese Civilization (University of Chicago Press) が訳出されつつあり、興味を引く(『日本—比較文明論的考察』岩波書店、2004~)。私自身は日本の比較文明学的位置づけに早くから関心を抱いてきたアイゼンシュタットについてきちんと学ぶ機会をもってこなかったが、先に挙げた近著を含めて勉強する必要を感じているところだ。
同氏と親交の深い石田雄氏が、かつて編訳された『近代化の政治社会学』(みすず書房、1968年)に付した解説は、アイゼンシュタットのポーランド系ユダヤ人としての出自に触れて、その人となりを浮かび上がらせるものであった。その後40年近くの歳月を経て、Comparative Civilizations and Multiple Modernities に収録された自伝的エッセイ「比較研究と社会理論—比較研究から文明分析へ、自伝的注記」をひもといてみると、彼の研究が比較社会学から枢軸時代をめぐる比較文明学へと移行する過程とともに、日本への関心の所在も示している。すなわち、社会構造の分化とそのなかでの知的エリート階層の析出、また彼らによる文化文明的ヴィジョンの提示という枢軸文明の経験を共有しない、例外的な文明としての日本という理解である。社会構造の高レベルな分化と、エリートの低レベルな社会的自律性とが特異な結合を果たしているという点にアイゼンシュタットは注目しているが、日本の独自性は彼のもう一つの関心である比較近代化論においても浮上している。すなわち、同書のあとの章「日本と近代の文化プログラムの多様性」で挙げられているのは、英米仏露の諸革命と比較した上での、明治維新における自律的知識人層—革命のヴィジョンを掲げるものとしての—の欠如なのである。
こうして見てくると、比較文明学における日本の知識人という問題に突き当たる。言うまでもなくこの主題は、今日、日本で比較文明学に携わっている私たち自身の出自と現況をも問うものだ。社会、そして世界のなかにある者としての研究者の役割が問われている。
(南山大学宗教文化研究所)