ニュースレター第79号「研究の現場から」

近代とは何か?

秋丸 知貴

 筆者は、「近代とは何か?」を30 年間一貫して研究している。具体的には、美学・美術史の観点から近代文明と前近代文明を比較研究している。
 2014 年度の比較文明学会研究奨励賞を受賞した『ポール・セザンヌと蒸気鉄道─ 近代技術による視覚の変容』(晃洋書房、2013 年)は、現時点での筆者の近代文明研究の梗概に当たる。
 本書の学術上の貢献は、世界で初めてセザンヌの抽象的な造形表現に蒸気鉄道の影響があることを総合的に指摘したことである。また、世界で初めてヴァルター・ベンヤミンの「アウラ」概念を「同一の時空間上における主体と客体の相互作用により相互に生じる変化及びその全蓄積」と読解し、その際の主体の意識集中的知覚を「アウラ的知覚」と解読し、それが絵画における具象表現の知覚的基盤であることを明らかにする一方で、主体と客体の間に「有機的自然の限界からの解放」を特徴づける「近代技術」が介入すると「アウラの凋落」及び「脱アウラ的知覚」が発生し(例えば高速で疾走する汽車内から眺めた車窓風景は霞んで見える)、それらが近代技術的環境(≒近代文明)では常態化して西洋の近代絵画における具象絵画から抽象絵画への主流転換に象徴的に反映したことを本格的に解明したことである。
 本書は、2012年度に京都造形芸術大学(現京都芸術大学)に提出して博士号(学術)を授与された同名の博士論文の単行本版である。博士課程進学時の指導教員である高階秀
爾先生と芳賀徹先生、学位取得時の主査である上村博先生、副査の浅田彰先生、林洋子先生、永井隆則先生に、心よりお礼申し上げたい。
 また本書は、2010 年度から2011 年度まで筆者が連携研究員として研究代表を務めた京都大学こころの未来研究センター連携研究プロジェクト「近代技術的環境における心性の変容の図像解釈学的研究」の研究成果の一部でもある。当時受入教員になっていただいた同大名誉教授の鎌田東二先生に、心より感謝申し上げたい。
 同研究プロジェクトの研究成果は、美術史については、「自然的環境から近代技術的環境へ(1)」「近代絵画と近代技術」「印象派と大都市群集」「セザンヌと蒸気鉄道」「フォーヴィスムと自動車」「近代絵画と飛行機」「『象徴形式』としてのキュビスム(2)」「印象派とガラス建築」「キュビスムとガラス建築」「近代絵画と近代照明」「抽象絵画と近代照明(3)」「印象派、象徴派と写真」「セザンヌと写真」「ゴーギャン、ファン・ゴッホ、スーラと写真」「抽象絵画と写真」等である。また、美学については、「ヴァルター・ベンヤミンの『アウラ』概念について」「ヴァルター・ベンヤミンの『アウラの凋落』概念について」「ヴァルター・ベンヤミンの『感覚的知覚の正常な範囲の外側』の問題について」「ヴァルター・ベンヤミンの芸術美学」「ヴァルター・ベンヤミンの複製美学」等である。
これらは、2023 年7 月に美術評論家連盟の公式ウェブサイト「美術評論プラス」で、『ポール・セザンヌと蒸気鉄道』の続編として『近代絵画と近代技術』と『美とアウラ』という書名で公開予定である。
 また、筆者は前近代文明研究として、日本の伝統的感受性の諸問題に取り組んでいる。
 具体的にはまず、日本の伝統的感受性をグリーフケアとの関係から探り、2020 年4 月から2023 年3 月まで上智大学グリーフケア研究所の特別研究員として、「アンリ・エランベルジェの『創造の病い』概念について」「ジークムント・フロイトの『喪の仕事』概念について」「心理的葛藤の知的解決と美的解決(4)」「グリーフケアとしての和歌」等を執筆した。この内、「ジークムント・フロイトの『喪の仕事』概念について」と「心理的葛藤の知的解決と美的解決」については、同研究所名誉所長の髙木慶子先生との共著『グリーフケア・スピリチュアルケアに携わる人達へ』(クリエイツかもがわ、2023 年)に再録した。
 また、日本の伝統的感受性が現代日本美術にどのように反映しているかについては、「自然体験と身心変容」「現代日本美術における自然観(5)」「Qui sommes-nous? ─もの派・小清水漸の1966 年から1970 年の芸術活動の考察」「現代日本美術における土着性(6)」「現代日本彫刻における土着性(7)」等として発表した。
 これらの日本の伝統的感受性研究の実践が、鎌田東二先生が監修し、筆者が企画した現代美術の展覧会・パフォーマンス及びシンポジウムの総合イベントである、現代京都藝苑2015「悲とアニマ」展(於北野天満宮)や現代京都藝苑2021「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」展(於建仁寺塔頭両足院)等である。また、筆者は2023 年6 月から鹿児島県霧島アートの森学芸員として「小清水漸展」を企画中である。
 これらの一見脈絡なく見える研究テーマに貴重な発表の機会を与えていただいている比較文明学会に、改めて感謝の意を表したい。

(1) 拙稿「自然的環境から近代技術的環境へ」『比較文明』第30号、2014 年。
(2) 拙稿「『象徴形式』としてのキュビスム」『比較文明』第27号、2011 年。
(3)拙稿「抽象絵画と近代照明」『比較文明』第31 号、2015 年。
(4) 拙稿「心理的葛藤の知的解決と美的解決」『比較文明』第37号、2021 年。
(5) 拙稿「現代日本美術における自然観」『比較文明』第34 号、2018 年。
(6) 拙稿「現代日本美術における土着性」『比較文明』第35 号、2019 年。
(7) 拙稿「現代日本彫刻における土着性」『比較文明』第36 号、2020 年。


(美術評論家、滋賀医科大学非常勤講師)