ニュースレター第72号巻頭言

梅棹忠夫生誕100 年 中牧弘允

 本年は梅悼忠夫の生誕100年にあたる。初代館長をつとめた国立民族学博物館では企画展「知的生産のフロンティア」(2020年4月23日~6月23日)が予定されている。「知的生産」とは言うまでもなく梅悼のベストセラーにしてロングセラーの『知的生産の技術』(岩波新書、1969年)に由来する。企画展では梅悼資料室を拠点とするアーカイブ化の進展が紹介される。
 他方、梅悼にはもうひとつのロングセラーがある。『文明の生態.史観』(中央公論社、1967年)である。『中央公論』誌上に掲載された「文明の生態史観序説」から10年をへだてて刊行された。梅樟文明学の代表作であり、1983年の比較文明学会創立にもつながっている。当学会ではその半世紀を記念して2006年に開催された大手前大学の大会でシンポジウム「文明史観を考える」を企画した。そこには梅樟も参加し、コメントで「50年前に文明史観の種をまいて、こうして議論されて、いまここに花が咲いた」と語り、「いま、日常あんまりない、幸福感を感じております」と感既を述べた。
 そして、この研究大会で関西支部の設立が認められ、以来、研究例会は2019年末で44回を数えるまでになった。会場としては国立民族学補物館と京都の大学で交互におこなうことがなかば恒例化している。関西支部からは、梅悼の監修で『地球時代の文明学』(京都通信社、2008年)と「地球時代の文明学2』(京都通信社、2011年)が刊行されている。
 2010年7月3日、梅悼忠夫は90歳の天寿をまっとうし、今年は没後10年をむかえる。この間、民博では2011年に特別展「ウメサオタダオ展」が開催され、日本科学未来館でもその移動展がおこなわれた。また、梅悼に関する共同の著作物も特別展図録の『梅悼忠夫一知的先覚者の軌跡』(国立民族学補物館、2011年)をはじめ、つぎつぎに刊行された。「梅悼忠夫一地球時代の知の巨人』(河出書房新社、2011年)など、雑誌の企画もつづいた。その一方、梅悼についての単独の評論も「柳田国男と梅悼忠夫自前の学問を求めて』(伊藤幹治著、岩波書店、2011年)や「梅悼忠夫「知の探検家」の思想と生涯』(山本紀夫著、中公新書、2012年)を筆頭に、いくつも世に問われている。
 本学会との関連では30周年の記念出版である『文明の未来一いま、あらためて比較文明学の視点から』(東海大学出版部、2014年)をあげることができる。梅悼は「生態系から文明系へ」というマクロな推移を指摘したが、「文明の未来」を問題とするなら逆に「文明系から生態系へ」という発想の転換が必要となる。このことを松本亮三氏が第一部の冒頭論文で主張し、それにつづく拙稿「『生態系から文明系へ』再考」でも論じることとなった。さらに、第二部においても「生態智」と「文明智」を問うかたちで議論がつづき、第三部の方法論、第四部の未来展望へとつながっていった。
 ところで、梅樟の生誕100年は、はからずも70年大阪万博の50周年を記念する年にもあたっている。梅悼と大阪万博との関係は小松左京、加藤秀俊らとたちあげた「万国博をかんがえる会」にはじまる。大阪万博の基本理念はその会で練りあげられ、公式に標榜されることになった。いま読んでも色あせないその文章は文明学的知見と未来学的展望に満ちあふれている。

 アジアにおける最初の万口博覧会を人類文明史にとって意味あるものであらしめたい。すなわち、現代文明の到達点の指標であると同時に、未来の人類のよりよき生活をひらくための転回点としたいのである。

しかしながら、現状はおおくの不調和になやんでいて、解決すべき問題がおおいと指捕され、人類の未来の繁栄をひらきうる知恵の存在に期待する旨が述べられる。そして、それをつぎの世代につたえるべく場所と機会を提供するのが大阪万博であると結んでいる。
 大阪万博のあとに「もうひとつの万'1専」である民博ができたことは世間もよく知るところである。民博の創設に大阪万博が戦略的にかかわったことは、ようやく歴史的にもあきらかにされつつある。立役者は泉靖一、梅悼忠夫、岡本太郎の3名であるが、泉が万博終了後まもなく急逝したため、梅悼が片肺飛行どころか大車輪の活躍をせざるをえなくなったことは運命的ですらあった。
 梅悼忠夫生誕100年と大阪万博50年をむかえる本年、当学会の大会を民博で開催することは運命というより必然にちかい。しかも、2025年には夢洲での大阪・関西万博がひかえている。そこでは「いのち輝く未来社会のデザイン」がテーマにかかげられ、さまざまな準備が着々とすすんでいる。そうしたことをふまえ、「いのち」について文明学的にかんがえる国際シンポジウムを本年の大会では企画している。期日は11月21日(土)から23日(月)にかけての3日間である。二つの意味で記念すべき年に開催されるので、会員諸氏の積極的な参加をおおいに期待したい。
                                              (国立民族学博物館名誉教授)