2019年度 第3回環流文明研究会のご案内

環流文明研究会各位                         環流文明研究会
比較文明学会会員各位                       代表 犬塚潤一郎

今回は3件の発表です。皆様是非ご参加いただき、活発な議論を期待します。

                              記
(日 時)  9月14日(土)13:00~17:00
(場 所)  東海大学代々木校舎 4号館 4505教室 (5階)

(内 容)
(1)末武 透
「世界の現状ーその1」
 前回、世界の問題やそれに対する取り組みを紹介した。 今回はその後の問題やそれに対する取り組みなどを紹介する。
内容が広範囲なので、数回に分けて説明したい。今年度の最初の回は、温暖化、人口、水、エネルギー、コンフリクトを取り上げる

(2)神出瑞穂
「「生存原理幹思想」による「融和・共生文明」の構築」
 第37回比較文明学会大会のキーワードは「和(やわらぎ)」であるが、日本文明を支える日本人の心を「和(やわらぎ)」、「自律心」、「あかき心」、「稜威(いつ)」、「物のあはれを知る心」、「穢れと清め」、「むすび」という縄文時代から培われた7つの要素からなるシステムとして筆者は捉えた。同時にこのシステム思想は世界の「各民族」共通のいわば幹細胞のごとき生物の命の連続性を支えている「生存原理幹思想」である。国連のSDGsの内容などを分析すると、文明の“病状”は貧困・格差、人権、極端な民族主義、種の多様性危機など様々だが、根本の共通課題は人類、生物、ガイアの「生老病死」問題と捉えることができる。難問だが、幸い「各民族」は上記のような普遍的な「生存原理幹思想」を有しているのだから、この思想を駆使して「融和・共生文明」の実現は可能と考える。大会発表前に種々ご批判賜りたく。

(3)犬塚潤一郎
 「人間性の限界について」
人間の限界についての存在論的な考察は、可能性についての探求と表裏のように、様々な領域において行われてきたものと考えられる。一方で、この地球上での種としての絶滅が示唆されようとする今日、それはあらたな問いとして立て直されるべきではないだろうか。
 資源、環境、戦争、技術等々、様々な領域で、人間の活動の拡大が人間の存在基盤の許容を超え、破滅がもたらされることが危惧されている。この状況の打破を、基盤と存在の両面での拡張(宇宙進出、トランスヒューマニズム)によって乗り越えることさえ提起されていること自体が、このアポリアの深さを示しているといえよう。
問題をここでポストヒューマニズム(脱人間論)にずらすことなく、人間という存在が本質的に持つ限界を明らかにすることにとどめることが、文明の存続あるいは改変という、実践的な課題のためには必要であると考えられる。言い方を変えれば、人間性のうちの本質的な欠陥を明らかにするところから、対策と進むべき道を検討するということである。
ここではその口火を切るという意味で、人間論の最も基礎的なところにある、精神・理性と身体・感情の関係(相克)に立ち戻るところから始めたい。それはもちろん、旧態的な心身二元論によって立とうということではない。
それは、プラトンの美学的探究と対になる芸術の否定にも定式化され、その緊張関係がルネッサンス以降の芸術の背骨となると、芸術・文化の形成構造に見ることもできるが、人間性の限界の把握は、宗教的認識の起点でもあろう。身体性(生物的・社会的)の限界がもたらす苦(仏教)、また、善に向かおうとする精神を己が両面の身体が裏切ること(罪)への苦悩(キリスト教)は、広く共感されてきた。また近代社会の具体的な制度上の基礎となる政治理論も、人間の現実が理性の働きによっては制御されえないことへの認識を基盤とした(リヴァイアサン)。これらはいわば精神への頼りなさの認識とともに裏返しの期待でもある。しかし一方、理性への限りない信頼に根拠をおく近代の普遍的人間存在は、その後、経済—技術という実践領域のうちで、宗教的・政治的な制約認識を打破し精神の可能性を開放するようにして、現代のこの人類の現実(成長と危機)を形成してきたのである。
このような、宗教、政治、技術の基底としての精神と身体の問題から、人間性の限界についての考察をまず始めたいと考えるものであるが、皆様のご批判を賜りたく。

(連絡先) 科学技術・生存システム研究所  神出瑞穂
Email: kamide-mizuho@max.hi-ho.ne.jp