ニュースレター第63号「研究の現場から」

異文化・異文明へ向けるまなざし 服部泰

現代において、異なる文化・文明が接触する機会として大きな役割を担うのが観光である。我々は自らの欲求にしたがって国内外の様々な地に赴き、異文化に触れることで感動し、更なる感動を求めてまた観光をする。
 マレーシアのボルネオ島に、先住民族生活体験を目的とした観光ツアーがある。観光客はイバン族やビダユ族などの先住民族が暮らすロングハウス(長屋)に滞在し、吹き矢体験やジャングル散策、歓迎の宴などを通して彼らと触れ合い、電気がほとんどないようなスローライフを体験する。
 ロングハウス観光は、観光立国に取り組むマレーシア政府が1990年代からボルネオ島の観光資源の目玉として目をつけ、積極的にプロモートしたことに始まる。特に、成人のイニシエーションとして1970年代まで首狩りの習慣を持っていたイバン族のロングハウスはヨーロッパ人やアメリカ人に注目され、これまでにない異文化体験として人気を博した。日本では1990 年代にツアーが販売され始め、多くの日本人が参加している。
 ロングハウス観光による収入が増加するにつれ、イバン族はそれまで生活の基盤であった胡椒やゴムの生産を縮小した。つまり、生活の基盤を生産から観光へと転換し、自らの文化を生活のための文化から見せるための文化へと変化させていったのである。それは更なる観光客を必要とすることを意味し、観光客もまた更なる魅力のある異文化体験を期待/ 要求していった。その結果、2010年代には観光客が大きく減少し、現在彼らの生活は苦しいものとなっている。
 このようなゲスト(観光客)がホストに向ける「まなざし」の意味について論じたのはアーリである。しかし、アーリが援用したのはフーコーのまなざし論であり、そこでは医者が患者に向けるまなざしについて、つまり専門家が対象に向けるまなざしについて述べられている。観光学においては、観光客としてのゲストがホストに向けるまなざしについて多くの議論がなされてきたが、エージェントや研究者といった専門家がホストに向けるまなざしについてもまた忘れてはならない。
 文明学を志す者として、自らが研究対象にどのようなまなざしを向けているのか、研究対象へ過度な期待/ 要求をしていないか、ロングハウスに滞在しイバン族の文化に更なる魅力を感じる度に自問する日々である。
(東海大学)