ニュースレター第44号巻頭言

現代文明への「魂呼ばい」  染谷臣道

 22年前の1983年12月20日、本学会は、1.もっとも総合的な学的認識、2.超領域的な知的営為、3.創造的精神、4.地球文明的視座に立つ理論的実践、5.開かれた学会、という五つの設立趣旨を掲げて設立されました。ますます専門化する今日の学問のあり方、専門家集団化する学会のあり方に対抗する姿勢に強い共感を覚えたのは私だけではなかったと思います。あれから22年が経った今、重要な意義を担っているこの学会の舵取り役を任されるに至り、改めてあの初心に立ち返り、さらにその趣旨を生かした学会運営に努めたいと決意を新たにしております。

 五つの趣旨を総合すれば、まずそれ自体が総合的概念である文化・文明の下で人類の営為を理解しようとすること、さらに、さまざまな文化・文明の相互連関の下で人類の営為を把握しようとすること、そしてつねに未来へ視野を開きつつ、過去ならびに現在を探索するということに他ならないと思います。言い換えれば、総合的全体的視野から、かくかくの人間の営為は、どのような文化・文明が生み出したのか、よき営為であれ、悪しき営為であれ、文化・文明は、さまざまな営為を生んできましたが、とりわけ悪しき営為を生んだ文化・文明に対しては、それらをどのような文化・文明に変えることで、人類に健全かつ平和をもたらすことができるのか、という問題意識をこの学会はその基本に持っているということになりましょうか。この学会は、単に過去ならびに現在の文化・文明の実証的研究にとどまらず、未来に向かって積極的に関わろうとする学会を目差しているということでありましょう。

 文化という概念が、700万年にわたる人類とともにあるならば、それは今もなお、地域の特性に合わせ、個性をもって存続し、日々、相貌を変化させております。他方、文明という概念は、とりわけ発達した技術のもとで展開した都市的文化を意味しますが、それは、その技術力をもってさまざまな文化を取り込み、ダイナミックに人類社会を変化させております。文明を特徴づけるものは、技術であり、その力です。それによって文明以前に見られた人類の営為を一変させました。

 比較文明学会は、そうした文明そのものを研究の対象とするわけですが、諸文明の根底を支える文化、そしてさらにその根底を支える生命そのものに対しても目配りしなければならないと考えます。文明は、700万年にわたる人類史で培われてきた文化、とりわけ20万年前に現れた現生人類(ホモサピエンス)の文化、さらに5万年前の「社会文化的ビッグバン」(「ヒトの革命」、「創造的爆発」、「偉大なる飛躍」ともいう)以来の文化、1万年前の農業畜産革命によってさらに厚みを増した文化なくしてはありえなかったし、その文化もまた、40億年にわたる生命の歴史なしにはありえなかったからです。人間とは、何よりもまず生命そのものなのであり、その足らざるところ補う文化によって生きる生命に他ならないのです。

 40億年にわたる生命の歴史、700万年にわたる人類の歴史。それが今、大きな変化を強いられています。変化を強いているのは、他でもない私たち自身が生み出した文明です。この文明によって生命の歴史だけでなく、人類自身の歴史をも、想像もつかない方向へと変えようとしています。そしてその見えぬ将来に私たち自身がおびえているのです。地球も苦痛にさいなまれているようです。文明とりわけ近代文明の構造そのものにメスを入れなければなりません。そして近代文明の何がこういう事態を引き起こしたのか、どこをどう変えなければならないのか、を模索しなければなりません。

 私は、近代文明が、あまりにもモノに目が行き、モノを生み出す技術に目が行き過ぎたために、本来それを持たなければ文明の名に値しないはずの魂というものをどこかに置き忘れてきてしまった、そこに大きな問題があると思います。とりわけ500年前に始まったヨーロッパ諸国による植民地主義。これは世界を単なるモノ、利益をもたらすモノとしか見ないパラダイム、アジア・アフリカ・アメリカ・オセアニアの非白人をもモノとしか見ないパラダイムでした。その貪欲さはきわめて異常であり、過去のどんな文明と比べても決して誇れるものではありません。残念ながら現実は逆になっていますが。問題は、現代世界がそれから脱しているどころか、ますます巻き込まれているところにあります。

 モノ主義に陥り、すさまじい勢いで環境を破壊し、大量生産・大量消費に溺れ、モノを介してしか成り立たなくなっている現代

文明には「魂呼ばい」が必要なようです。古今東西のさまざまな文明はそれぞれ独特の魂を持っていたように思います。私たち

はそれらを一望できる高みにいます。そして比較し、学ぶことのできる位置にいます。諸文明の魂を知ることができます。脱魂してしまった近代文明に再度、それにふさわしい魂を呼び戻すために、古今東西の文明は大いに参考になります。現代文明にふさわしい魂は?会員諸氏の活発な提言に期待しています。

(国際基督教大学(ICU)教授)

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